こんにちは!つむぎです。
日本には「頑張ることは美徳」という空気が、どこか当たり前のように漂っていますよね。
どれだけ疲れていても「自分だけ休むなんて申し訳ない」「みんなも頑張ってるんだから」と踏ん張ってしまう。かつての私もそうやって自分を奮い立たせ、限界を超えた働き方を続けてしまっていました。
今振り返ると、あの頃の私は、身体が必死に送っていた危険信号を何度も見落としていました。
「まだ大丈夫」「もう少しだけ頑張ろう」
そんな言葉で自分を誤魔化しながら。
それでも心と身体はつながっていて、無理をすれば必ずどこかに歪みとなって現れます。サインを無視し続けると、とても危険だということを、私は身をもって知りました。
もし今、あなたがぎりぎりのところで踏ん張っているなら、今日の話が少しでも役に立てば嬉しいです。
そしてこのブログが、あなたの人生をより豊かにするきっかけになれば幸いです。
最初に現れた、静かな危険信号
前職のIT企業で働いていた頃、私は最初の異変を「大したことない」と片づけてしまっていました。
それは、まぶたの痙攣と、異常なほどの口の渇き。
常にまぶたがピクピクと震え続ける。水を飲んでも飲んでも喉が乾き、常にペットボトルを手放せない。
「寝不足かな」「最近忙しいからだろう」
そんな軽い自己診断で終わらせてしまったのですが、今思えばこれが、身体からの最初のSOSでした。
見て見ぬふりができなくなった心身の崩壊
そこから、私の身体には次々と症状が現れ始めました。
円形脱毛症は何度も繰り返し、一度できると半年以上治らない。髪を洗うたびに指先が地肌に触れる感覚に落ち込んでいました。美容院に行く時は、美容師さんに気を遣わせないように空元気に自分からあらかじめ話すようにしていました。
さらに追い打ちをかけるように、子宮の病気で手術を2回経験しました。もともと大きな病気をしたことが一度もなく、手術室に入る恐怖は筆舌に尽くしがたいものがありました。
1度目の手術は下半身麻酔で意識がある状態。手術室の冷たい空気、器具の金属音、見たくない景色が目に入り、震えが止まりませんでした。あまりの恐怖に、2度目は全身麻酔にしてもらったほどです。幸いに初期で処置できたので命に別状はなく、大きな問題もなく完治しましたが、女性を象徴する大切な器官を患ったことは精神的にもダメージがありました。
そのほかにも、不眠症と過眠症を繰り返し、寝ても寝ても疲れが取れない日と、一晩中まんじりともせずに朝を迎える日が交互に訪れました。
やっと眠れた日さえ夢の中でも仕事をしているほどでした。出張に遅刻する夢を見て飛び起きる、寝ても脳が休まらない。いつの間にか判断力も集中力も低下し、あり得ないミスをすることもありました。
心がすり減るほど過食に走ったり、お酒の量が増えたり、突然涙が止まらなくなったり…「これじゃだめだ」と思いながら制御できなくなっていく自分がいました。
気づけば、何事にも興味が持てず、以前は社交的だった私が、人と話すことすらしんどくなっていました。
「あれ?私こんな人だったっけ?」と愕然とした気持ちになりました。
真面目な人ほど潰れていく現実
私が追い詰められていった理由はいくつかありました。
IT職は身体をほとんど動かさないのに、脳だけはフル回転。中間管理職として上からのプレッシャーと後輩指導への責任に挟まれ、家に帰っても思考が止まらない日々が何年も続きました。
また、何より私を追い詰めたのは「仕事をしない人の尻拭いが延々と続く構造」でした。
最初は注意していた上司も、いつしか諦めて放置。その分の負担が、真面目にこなす少数のメンバーにのしかかってくる。
頑張る人ほど業務が増え、頑張らない人は給料だけもらって平然としている。
この歪んだ構図を目の前にしながらも、中間管理職としては仕事を振らないわけにはいかない。わかっていながらデッドラインを守らない人に毎回リマインドし、結果予定が狂う。その繰り返しに、私は心をすり減らしていきました。
「世の中の会社って、きっとどこもこんなものなんだろうな」
「でも私は、それをうまく流せない性格なんだろう」
そう思ったとき、私は改めて、「会社員という働き方が向いていないのかもしれない」と強く感じました。
限界を超えても辞められなかった日々
本当はもっと早く休むべきだったと思います。でも当時の私は、辞める選択肢を取ることができませんでした。
「メンバーに迷惑をかけてしまう」
「給料や働く環境は恵まれているところがたくさんある」
「まだ頑張れるはず」
そんな言葉で自分を縛りつけ、出口が見えない状態で働き続けていました。
今振り返ると、あの状態で数年もよく耐えたと思います。
逃げ道をつくったことで、ようやく前に進めた
転機は、最後の数年間で資産形成を始めたことでした。
ある程度の生活防衛資金と資産を確保したことで、「辞めても、なんとか生きていける」と思えたことで、初めて“逃げる準備”が整ったのです。
辞めることが決まったことで、それまで永遠に増え続けていたタスクリストが着実に減っていく。そのことに安堵し、心がどんどん軽くなっていきました。
「あぁ、私はずっと終わりのない毎日に閉じ込められていたんだ」
「やっと解放される」
そう実感した瞬間でした。
あの経験が教えてくれたこと
苦しかったけれど、前職で学んだことも確かにあります。右も左もわからないところから成長させてもらった経験が、今の自分の土台になっているのも事実です。
それと同時に痛感するのは身体は嘘をつかないということ。
心と身体はいつだって繋がっていて、小さな違和感は、未来の自分を守るための“最初のメッセージ”だと思うのです。
これからは、自分の身体からの信号を素直に受け止め、無理のないペースで生きていきたい。無理を重ねて壊れてしまう前に、もっと自分を大切にしてあげたい。そう思っています。
もし今あなたが、以前の私のように頑張りすぎてしまっているのなら、どうか少しだけ立ち止まって、自分の身体の声に耳を傾けてあげてください。

